小嶌典明『国立大学法人と労働法』ジアース教育新社、2014

https://www.kyoikushinsha.co.jp/book/0252/index.html

 

 国立大学法人化は国立大学の組織運営の随所に大きなインパクトを与えたが、とりわけ人事労務についていえば、国の機関から民間の組織に変更されたことによる影響は大きい。具体的には、個別の制度や待遇の大部分についてはなお公務員準拠とされたまま、適用法令が一夜にして公務員法制から労働法制に移行したのである。本書では、法人化以前・以後の国立大学における人事制度・労務管理の比較が、当時のドラスティックな変化への対応に苦労した実際の現場の様子などを交えながら平易に解説されている。筆者の小嶌先生は大阪大学法学研究科の教授で、阪大の法人化の現場に深く携わったそうである。本文で取り上げられている内容は、基本的には国立大学一般を射程に入れたものであるようで、阪大を中心に複数の機関の状況について度々触れられている。

 

 本書の構成は、第一部の「講話編」と第二部の「課題編」の2部構成である。第一部は版元のジアース教育新社『文部科学教育通信』の連載記事30話をまとめたもので、各話をそれぞれ読んでも問題ないと思われる。第二部では第一部で部分的に触れられているものを含む法人化後の課題が総論的に論じられており、人事労務をめぐる重要な論点が資料に基づき解説されている。なお、本書の出版後も、著者による「続・国立大学法人と労働法」の連載が継続されているとのことである。

 

 第一部で登場した話題の中で興味深かったものをいくつか羅列すると、

(第三話)
〇 法人化に伴う就業規則の作成において、法人化以前に過半数代表者から意見聴取等を行うことは妥当か?→「身分承継方式」の採用により妥当である。
〇 過半数組合が存在しないにもかかわらず少数組合のメンバーが過半数代表者に選出されたために(※この前提は怪しい)、意見聴取と労使交渉の混同が発生しており、少数組合が組合員の代表として労使交渉を行うのではなく、全教職員を代表して大学との交渉権を有するかのような状況になっている。

(第五話)
〇 法人化にあたり、教員に対しては専門業務型裁量労働制の締結を導入することになったが、理系部局から「教員が出勤しなくなるのではないか」という意見があったらしい。
〇 裁量労働制の適用対象となる「教授・研究」と講義、入試、診療業務の関係。

(第六話~第十五話)
〇 国家公務員法等の規定を基にしている大学の制度(常勤・非常勤の種別と定義、年次有給休暇と特別休暇、給与支給日、俸給表の対応関係、昇給区分における「良好」は普通を意味すること、昇任と昇格(降任と降格)、期末・勤勉手当の算定方法、俸給の減額改定に伴う期末手当による減額調整、)
〇 国家公務員法等との差異(欠格条項の違い、任用関係と雇用関係の違い、勤務時間法にいう休日の取り扱いにより法人化で割増賃金が増加)
〇 公務員法制の問題点(休暇制度や給与保障の厚遇、分限免職や懲戒処分の適用例の少なさ)

(第十六話)
〇 国立大学法人に対しては、独立行政法人通則法の準用適用により、国家公務員の給与水準を上回らないよう要請されている。
〇 55歳以上の昇給停止の導入について。

(第二十二話)
〇 平成9年に導入された教員任期法は、原則として任期の定めがない国立大学教員(国家公務員)に対して任期制を適用するには、人事院規則八―一二(職員の任免)の認める例外規定ではカバーしきれないため導入された。制定当初から私立大学の教員についても定めを置いている。

(第二十六話)
〇 非常勤職員の待遇差について、特に休暇制度については常勤職員との格差が大きい。

(第二十九話)
〇 平成4年度の高度化推進特別経費へTA経費が導入されたことによりTAが、平成8年度にはRAが導入されたが、その支給額は常勤職員の給与額を基に算出された。
〇 附属病院の医院は一般職の非常勤職員とされ、研修医もこれに準ずる身分として取り扱われてきた。

 

 本書で登場する制度や用語に関する解説は簡潔に要点を抑えたものであるが、筆者の個人的な考えや経験に基づく価値判断が随所に見られ、かつ一読しただけではそれらが法制上の要請に基づく判断とあまり区別されていないという点で、読んでいて気になる読者は多いと思われる。コンプライアンスは法令順守ではなく組織防衛(p.112)と言い切っているが、転換試験者のみ無期転換としそれ以外には無期転換を認めない制度設計や不利益変更に伴う経過措置や代償措置を講じる必要がないかのような考え方など、真に受けると大変なことになりそうな記述も散見される。また、科技イノベ活性化法による10年特例パートタイム・有期雇用労働法の施行による非常勤職員の休暇制度の改善など、経年により現状にそぐわなくなっている点がいくつも存在することは注意すべきだろう。

 

 少数組合に対する否定的意見については、おそらくこの間の阪大関係の労働裁判の内容と苦労を反映しての立場によるものだろうか。軽く調べただけでも何件かヒットしたので、最後に関連情報として記載しておくことにする(係争中の非常勤講師の雇止めについて見てもわかる通り、阪大の見解は国公私立の相場観からするとやや厳しい気がする)。紛争案件の対応に組織のリソースを割くことのコストを考えると、コンプライアンス=法令順守としたほうが、回りまわって組織防衛の役に立つのではないか。

www.ik-law-office.com

https://www.mhlw.go.jp/churoi/meirei_db/mei/pdf/m10672.pdf

www.mhlw.go.jp